32歳、「べべれ」と呼ばれる私が、人生で初めてプロフィール写真を撮ることになった。
「べべれ〜、終電なくなるぞ〜!」
居酒屋の暖簾をくぐると、店主が笑いながら声を掛けてきた。
「大丈夫、大丈夫。今日はまだ二銘柄目だから。」
そう答えた瞬間、隣のおじさんが吹き出した。
「二銘柄目でそのテンションか(笑)」
私は時戸美々、32歳。
でも、本名で呼ばれることはほとんどない。
みんな私を**「べべれ」**と呼ぶ。
理由は簡単。
日本酒が好きすぎるから。
しかも、飲み終わる頃には少しだけ「べべれけ」になる。
駅までの帰り道は、ほんの少し千鳥足。
「またべべれになっとる!」
学生時代からそう言われ続けて、気付けば会社でも旅行仲間でも、誰も本名では呼ばなくなった。
まあ、嫌いじゃない。
美人ではない。
モデルみたいなスタイルでもない。
でも、よく笑う。
よく食べる。
そして、よく飲む。
旅先では観光地より酒蔵。
温泉より居酒屋。
旅行の目的は、その土地でしか飲めない地酒だ。
店主に、
「今日しか飲めない一本あります?」
そう聞くのが、旅の始まり。
二銘柄、三銘柄。
気付けば隣の席のおじさん達と乾杯している。
「姉ちゃん、酒強いなぁ。」
その言葉は褒め言葉だと思っている。
仕事は普通の会社員。
毎日忙しいけれど、それなりに充実している。
友達も多い。
笑うことも多い。
人生は結構楽しい。
...
でも一つだけ。
彼氏はいない。
もう何年も。
実家へ帰るたびに母が言う。
「あんた、32よ。」
「うん。」
「結婚する気あるん?」
「あるよ。」
「いつ?」
「そのうち。」
「その"そのうち"がもう十年くらい続いとるけど?」
父は横で新聞を読みながら笑っている。
「お母さん、やめんさい。」
と言いながら、
「でも孫の顔は見たいな。」
結局、お父さんも同じだった。
実は私だって結婚したくないわけじゃない。
家に帰ると、
「おかえり。」
と言ってくれる人がいたらいいな。
旅行も二人で行けたら楽しそうだな。
そんなことは時々考える。
でも…。
何をすればいいのか分からない。
ある日、会社の後輩が言った。
「先輩、マッチングアプリやってみたらどうですか?」
「私?」
「絶対向いてますよ。」
「いやいや、美人じゃないし。」
後輩は首を振った。
「先輩は、美人かどうかじゃないんですよ。」
「え?」
「一緒にいたら楽しそうなんです。」
その言葉が妙に心に残った。
その日の夜。
冷蔵庫からお気に入りの地酒を取り出した。
一口飲みながらスマホを開く。
検索窓に打ち込んだ。
『マッチングアプリ プロフィール写真』
たくさんの記事が出てきた。
どの記事にも書いてある。
「プロフィール写真で第一印象は決まります。」
そんなに?
写真一枚で?
半信半疑だった。
スマホの写真フォルダを開いてみる。
酒。
酒。
酒。
酒。
旅行先で酒。
友達と酒。
酒蔵で酒。
日本酒イベントで酒。
......
「私、酒しか飲んでないじゃん。」
思わず一人で笑った。
まともな一人の写真が見当たらない。
やっと見つけたのは二年前の免許証。
普通自動車免許を取った日の写真だった。
真顔。
緊張。
しかも、免許を取ってから一度も運転していない。
立派なペーパードライバー。
「うわぁ…。」
これじゃ私らしさなんて何も伝わらない。
その時だった。
検索結果の一番下で、ある文字が目に飛び込んできた。
『スマホだけでプロカメラマンが撮るプロフィール写真』
「え?」
「スタジオに行かなくていいの?」
「スマホだけ?」
「……なんか怪しい。」
でも、不思議と指は止まった。
そのページを開いた。
私はまだ知らなかった。
たった一枚のプロフィール写真が、
誰かに見せるためだけではなく、自分自身を見る目まで変えてしまうことを。



